日々のつぶやきです
人恋しと泣けば十三夜
月はおぼろ 淡い色具合
雲は月を隠さぬ様にやさしく流れ
丸い月には流れる雲が
ちぎれた雲がよくにあう
風がさわぐ 今や冬隣り
逃げる様に 渡り鳥がゆく
列についてゆけない者に また来る春が
あるかどうかは誰も知らない
ただひたすらの風まかせ
神無月に僕はかこまれて
口笛吹く それは こだまする
青い夜の空気の中に生きてるものは
涙も見せず笑いも忘れ
息をひそめて冬を待つ
この曲は1972年の曲である もう50年以上前の曲である 考えて見りゃぁ 今でも
井上陽水さんは第一線で活躍されちょります まさにレジェンド 1972年ちゅ~たら
激動の事件があった年
そうあの有名な事件あさま山荘ぢゃ 学生であった拙者は放送番組を見たかったが 授業などで
見れなかった ぢゃが図書館か視聴覚室かで 放課後先生に隠れて見ちょりました
1972年あなたは生まれちょりましたか? 幼児? 小中高校生? 専門大学生? 社会人?
昭和47年は激動の年ぢゃった
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と
ときに10セント硬貨をポケットナイフで叩いてブレードにし ヘアピンと
組み合わせた最初のスピナーを作り出した これを水槽でテストしたところ
見事に回転し 友人たちのために作り始めたことがブランドの原点
自宅のキッチンテーブルでの趣味から始まったルアー作りが評判を呼び
1899年に正式にJohn J. Hildebrandt Corporationを設立
ジョン・J・ヒルデブランドが49歳で急逝した後 息子のハイラム・
ヒルデブランドが引き継ぎ 1954年までの42年間にわたり会社を
牽引 この時代に高品質な素材にこだわる職人気質な製造スタイルが確立
されました 1925年には 信頼性の証としてスリム・エリ(Slim Eli)
というトレードマークも誕生
ヘビーカバーを攻略するためのウィードレス・スピナーベイト
スナッグレス・サリー(Snagless Sally)などの名作を世に送り出し
アメリカのバスアングラーの間で不動の地位を築いた
今でもヒルデブランドはあり続けちょります
話は変わりますが 拙者昔のヒルデブランドのスピナーが手元にある
ちょいと変わったデザインのWブレードのタンデムスピナー 何時の時代の物か
さっぱり分らんです
誰か知っちょりましたらお教えくだされ
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本日は釣りの日ちゅ~こっちゃ
全日本釣り団体協議会と日本釣振興会が1977年(昭和62年)に制定
まして今日か!ちゅ~んは 日付は魚の幼児語「トト」を「1010」の語呂合わせから
釣りの健全な発展を願って記念日とした
最近では若い人の釣り離れで 釣り人口が減って来ちょるらしい・・・・・・
魚を捕るちゅ~んは 古代からの人間の本能である この捕る技術は
生存をかけた大切な行為 獲物が捕れなければ生存に関わる重要事項
いっちゃん大切なんは 数学でも英語などよりサバイバル技術
視線の中で食料を得て 水を得て 暑さ寒さを凌ぎ 火を起こすこと
親として子供に伝えなければならないことと思う
勿論釣った魚を裁くことも出来んといけん 日本人のDNAには魚食ちゅ~
文化が染みついちょるから
話は変わるが 昔の人々は魚のことを「とと」 または丁寧語の「お」を付けた
「おとと」と呼んでいた 森永製菓が製造販売しちょる 魚介類の形をした
ミニスナック菓子に「おっとっと」があるが この名前には「魚」の「おとと」の
意味が含まれちょります
そんな「おっとっと」は1982年(昭和57年)4月に新味覚スナックとして
100円で販売された
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