日々のつぶやきです
乃木希典(のぎまれすけ)大将と言えば 日露戦争でロシア旅順要塞攻略戦を指揮
1904年(明治37年)に始まり ロシア軍が築いた近代的な大要塞への
正面攻撃により 多大な犠牲者を出した 苦戦の末旅順港内を一望できる二〇三高地の
総攻撃へ戦法を切り替え 激戦の末に占領に成功 ただし多くの死傷者を出した
ことから 愚将との批判を受ける一方 戦訓に学び柔軟に対処した名将とする研究や
評価もある また私財を投じて兵士や遺族を労わる姿から 聖将とも称された
そして大正元年(1912年)9月13日 明治天皇の大喪の礼が執り行われる
その時に 主君のあとを追う殉死として妻の静子とともに自刃した
日露戦争の旅順攻囲戦では多くの部下の犠牲を出したことへの深い自責の念があり
以前から死をもって償うことを考えていたとされる これらが重なり明治天皇の
死を契機として 武士の作法に則った切腹を実行し他と考えられる
東京都港区赤坂の乃木夫婦が自刃した邸宅の隣地に 乃木夫婦を祀った
乃木神社が建立された この他 栃木県・京都府・山口県・北海道など
日本の各地に乃木神社が建立された また港区の乃木坂の地名に名を残しており
乃木神社前に名前の由来を記した石碑が建てられている
genesis-ot.jp