今から74年前の1951年7月8日 アメリカ合衆国サンフランシスコで
吉田茂首相をはじめとする日本政府全権によって調印された この条約により
第二次世界大戦における日本国と連合国との間の戦争状態は法的に終結 日本は主権国家として
国際社会への復帰を果たした
第二次世界大戦で日本と戦争状態であった48ヶ国と日本との間で結ばれた
ただしソ連や中華民国・中華人民共和国など一部を除いた 日本は朝鮮の
独立を承認 大彎・澎湖諸島・南樺太・千島列島を放棄 また沖縄と小笠原諸島を
アメリカの信託統治下に置くことが定められた
ところが問題が起こる
梁(ヤン)駐米韓国大使からアチソン米国務長官宛の書簡を提出 その内容は
「我が政府は 第2条a項の『放棄する』という語を『(日本国が)朝鮮並びに済州島・
巨文島・鬱陵島・独島及びパラン島を含む日本による朝鮮の併合前に 朝鮮の一部で
あった島々に対するすべての権利 権原及び請求権を1945年8月9日に放棄したこと
を確認する』に置き換えることを要望する」
というもの
この韓国側の意見書に対し米国は 同年8月 ラスク極東担当国務次官補から
梁大使への書簡をもって次のとおり回答し 韓国側の主張を明確に否定
「合衆国政府は 1945年8月9日の日本によるポツダム宣言受諾が 同宣言で
取り扱われた地域に対する日本の正式ないし最終的な主権放棄を構成するという
理論を(サンフランシスコ平和)条約がとるべきだとは思わない
ドク島または竹島ないしリアンクール岩として知られる島に関しては この通常無人である
岩島は 我々の情報によれば朝鮮の一部として取り扱われたことが決してなく
1905年頃から日本の島根県隠岐島支庁の管轄下にある この島はかつて朝鮮によって
領有権の主張がなされたとは見られない」
これらのやり取りを踏まえれば サンフランシスコ平和条約において竹島は
我が国の領土であるということが肯定されていることは明らか
李承晩韓国大統領は翌年1月28日「海洋主権宣言」を発出し
いわゆる李承晩ラインを公海上の広範な海域に一方的に設定するとともに
同ライン内に竹島を取り込んだ その後同ラインを侵犯したとして日本漁船を拿捕する
事案が済州島南方の漁場を中心に多数発生するようになり 船員が抑留されるなど問題が
深刻化 アメリカおよび各国が竹島は日本の領土と認めても 今尚不法占拠を続け
国際司法裁判所への出席も拒否している
現時点で日本は武力による紛争は憲法で止められている なら武力ではなく経済戦争で
圧力をかけるべきだ 領土を力で奪うなら報復されても文句は言えない 話合いすら応じない
以上力をもって知らしめるべきと拙者は思う やってることが火事場泥棒レベルだ
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