日々のつぶやきです
上京して早稲田実業学校専攻科に学ぶが 絵を志して1905年(明治38年)
21歳の時に学校を中退 友人であった荒畑寒村(あらはた かんそん)の紹介で
平民社発行の機関誌『直言(ちょくげん)』に挿絵を描いたのをはじめ 日刊『平民新聞』
や『中学世界』などに挿絵や詩を発表する
独特な美意識による 夢二式と呼ばれる美人画のほか 『宵待草(よいまちぐさ)』などの
叙情的な詩で人気を博す 後に『宵待草』には曲が付けられて大衆歌として受け
全国的な愛唱曲となる
これらの作品により大正期前後の若者を魅了 また多くの書籍の装幀(そうてい)や
広告宣伝物 日用雑貨のほか 浴衣などのデザインも手がけており 日本の
近代グラフィック・デザインの草分けの一人とも言える
西欧のロートレックとある意味似ている
1934年(昭和9年)9月1日 長野県諏訪郡落合村にある診療所で
結核のため死去49歳
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