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フライフィッシャーの独り言

日々のつぶやきです

安徳天皇

今から841年前 平安時代末期の寿永4(1185)年 壇ノ浦(現在の下関市)で

栄華を誇った平家が源氏によって滅亡 日本史における戦いの場所で 後世に

この壇ノ浦ほどさまざまな物語や伝承とともに取り上げられた場所はない

この戦いの後 武家が台頭していった経緯が示すように 壇ノ浦は日本の歴史を

変えた画期的な海峡であり 物語を彩る合戦絵巻の舞台だった



次々に源氏との戦いに敗れ 
背後を塞がれた平家は海路にて彦島(下関)に向かい

志度浦に内裏を置いた 御年8歳の安徳天皇と二位の尼御前(平清盛正室)も

帝の御母である徳子様も公卿も女房もここで休息を得て これからの行く末を

語り合った もはや都へ戻ることはないだろうと・・・・・・・

誰もが不安にかられながら けれどこの時点ではまだ私たちは平家の勝利を

信じてた なぜなら総大将平宗盛もまだまだ意気軒高で 屋島の海には平家の船が

多数ひしめいていたし この地を制する水軍の多くも我らの傘下にあった 

何よりも我らは帝と三種の神器を擁している



そして平家は戦いに敗れた 
敵の総大将義経が

「死なせてはならぬ 帝を助けるのだ 三種の神器を取り戻すのだ」

と怒号を上げる中 二位の尼君と帝のお姿は波間に隠れ 二度と浮かんでは

来なかった 



知盛様の最後のお言葉は

「見届けねばならぬことは見届けた」

とのこと 鎧二領を着て乳兄弟の平家長様と共に見事 壇ノ浦の底深く沈んで

いった 午の刻ちょうど正午に戦いは終わりを迎えた

 


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