日々のつぶやきです
2・26事件に出てくる青年将校の中に気になる人物が安藤輝三大尉 英語教員であった
父の三男として岐阜に生まれた安藤 早くから革新的青年将校の指導的存在であったという
日蓮宗を信仰しており 彼の容貌は軍人らしくなく柔和 軍服姿の写真が残るが軍服姿は
あまり似合っていない
部下を愛する気持ちが人一倍強く 給料のほとんどを部下に割き 地方の窮状を話す
農村出身の部下には 自分の給料から部下の家族に送金したという 情に厚く部下の
寄せる信頼は大きかった 安藤は他の青年将校と異なり 蹶起に慎重で決行直前まで
悩み抜くが 結局同僚・部下の志を受け止める形で蹶起を決意
第三歩兵連隊に属した安藤が500名の大部隊を連れて向かうは 海軍大将上がりの
鈴木貫太郎侍従長宅 下士官が侍従長宅を捜索すると激しい叱責の声が飛ぶ
「あなたは何です 土足のまま無断で入るなどそれでも帝国軍人ですか!」
声の主は鈴木の妻たか 度肝を抜かれた軍曹は怯み 敬礼し部屋を去ったという
たか夫人の胆力たるやただ者ではない 鈴木自身は自宅内に身を隠していたが再考し
身を隠すことを良しとせず 襲撃者たちの前に自ら姿をさらす それを下士官が見つけ
発砲 倒れる鈴木 駆け付ける安藤 安藤が夫人に襲撃目的を告げると たか夫人は
虫の息となった夫の脇で正座し微動だにせず聞いたという
鈴木の回顧録では下士官が銃口を喉に当て とどめを刺すか安藤に判断を仰いだところ
「とどめは止めておけ」
と言ったという 他方下士官の証言録では 鈴木に命脈があったため安藤が
「とどめを・・・」
と軍刀を抜いたところ 夫人が
「それだけは私に任せて欲しい」
と訴え安藤は夫人に任せたとされる
いずれにせよ安藤はとどめを刺すことを止めた 安藤はここまでに至ったことを
夫人に詫び 鈴木に対し挙手の礼をし また下士官に捧げ銃を命じ素早く立ち去る
たか夫人は鈴木を抱き起し 手際よい措置で鈴木の一命を取り留めた
とどめを刺すことを止めた安藤 情が動いたのかもしれない 実は蹶起2年前
安藤は侍従長宅を訪ねている 予想と違い西郷隆盛にも似た懐の深い大人物の
鈴木に惚れ座右の銘を書いてもらっていたという また鈴木も後日談でこの時の安藤を
「思想的には実に純真な(死なせるには)惜しい若者」
と評している その後安藤輝三大尉は軍法会議で死刑となり
7月12日銃殺された
また安藤はたか夫人について その存在を当時軍の上司であった秩父宮から聞いていた
たか夫人はかつて昭和天皇・秩父宮ら皇子たちの養育係を務めていたのだ
こうして一命をとりとめた鈴木侍従長は 昭和天皇から厚い信頼を得ていたため
天皇直々に請われる形で1945年4月に首相となり 陸軍の反対を押さえて
ポツダム宣言受諾をはじめ 終戦の段取りを仕切るという大仕事をなした
鈴木が首相になって1週間も経たないうちに米ルーズベルト大統領が病没した
ドイツでは万歳を叫び ヒットラーはルーズベルトを
「戦争を拡大した扇動者として歴史に名を刻む者」
と評した 他方鈴木はどうしたか? 米国民に対し哀悼の意を表明したのだ
大戦真っただ中での敵国指導者逝去への弔意表明 米国では驚きをもって受け止められ
新聞には鈴木の談話全文が掲載 欧州紙からも称賛された
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