今を遡ること389年目の 1637年(寛永14年)過酷な年貢の取り立てや キリシタン
弾圧に耐え兼ねた島原の領民が 代官林兵左衛門を殺害した島原の乱が勃発
江戸時代初期に起こった 日本の歴史上最も大規模な一揆であり 幕末以前では
最後の本格的な内戦である 島原・天草の乱 島原天草一揆とも呼ばれる 一揆軍の総大将は
キリシタンの間ではカリスマ的な人気を得ていた 当時16歳の少年・天草四郎(益田時貞)
であった

従来信仰的側面は表面上のもので あくまで激しい収奪に反発した一揆である
というのが定説であったが 事態の推移から 単なる一揆とする見方では説明がつかず
宗教的な反乱という側面を再評価する説が出ている 鎮圧の1年後には ポルトガル人
が日本から追放され いわゆる鎖国が恥なった
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