日々のつぶやきです
今を遡ること81年前 東京都心部から約1.200キロの硫黄島に
米海兵隊が上陸した 昭和20年年2月19日だった 当初米軍は
簡単な掃討作戦とみなしていたものの 戦闘は5週間に及び 3月26日に
ようやく終結した 戦闘の激しさは百戦錬磨の米海兵隊員の心も折るほど
だった
硫黄島で迎え撃つ日本軍兵士は 我らなくして本土なし 我ら太平洋の
防波堤にならんという 十死零生の思いで尊い命を捧げて 本土防衛に
尽くされてくださいました 勿論攻める側のアメリカン兵士たちも
多大な被害を出した
今日28日 小泉進次郎防衛大臣が日米合同の慰霊式に参列します
我々の今があるのは 尊い命をかけて戦われ亡くなられた英霊により
築かれたことです 私事ですが亡き母の従妹が この硫黄島で工兵として
参加し亡くなられたと聞きました
このことを忘れずに生きていかなければなりません 靖国参拝も
当然のことです 戦争は起こしてはいけませんが 国を守ることは
日本の文化 日本の価値 日本の歴史などを含めた重要なこと
その為には攻め込まれないように防衛力を上げる必要があると考えます
ここんとこの温かさで光市の桜も開花し始めました 桜の花のように
散って行かれた英霊の方々に 感謝の気持ちを込め桜を眺めたいと考えます
genesis-ot.jp
「お客さんだ」
とすぐに車を寄せ女の子達を乗せたそうです どちらまでと聞くと 女の子の内の一人が
お腹が痛いと言っているので 近くの病院まで連れっていって欲しいとの事
見ると 痛がっている女の子はかなり顔色が悪く苦しそうである 運転手は
「それは大変だ」
と とりあえずここから近くにある県内でも有名なT病院に向かう事にした 病院につくと
女の子達は
「私はこの子(腹痛で苦しんでいる女の子)の側に付き添っていたいので すみませんが
病院の人を呼びに行ってもらいませんか?」
と運転手にお願いしたそうです 運転手は引き受けタクシーを降りて病院の受付に向かいました
そこで看護婦さんに事情を話しタクシーの中にいる子の様子を見てほしい事を伝えました
看護婦さんは承諾し運転手さんを受付に残し駐車場へ・・・・・・・・
しばらくして看護婦さんは青ざめた顔で戻ってきました
「あなたは何故こんな事をするのですか!」
看護婦さんは言いました 運転手さんにはその言葉の意味が分かりません
「何故こんな事をするのですか!」
「どうしてあなたは車に死体を乗せているのですか!!」
看護婦さんが言うには 2~3日前この付近でドライブ中の女子大生が乗った車が事故を
起こし この病院に運び込まれたのだけれど全員亡くなってしまったそうです
そしてその遺体は今霊安室に置かれているのだそうです が タクシーの運転手さんが
車に乗せているのはまぎれもなくその子達の遺体
「あなたはうちの病院から死体を運んでどうするつもりですか!」
看護婦さんに問いただされても 運転手が乗せた時は彼女達は生きているようにしか
見えなかったそうです ちなみに事故があった場所は運転手が女の子を拾った場所であるのは
言う間でもありません
一体彼女達は何がしたかったのでしょうか?
genesis-ot.jp
悲しいことがあると 開く皮の表紙
卒業写真のあの人は やさしい目をしてる
街で見かけた時 何も言えなかった
卒業写真の面影が そのままだったから
人ごみに流されて 変わっていく私を
あなたは ときどき 遠くで 叱って
話しかけるように ゆれる柳の下を
通った道さえ 今はもう 電車から見るだけ
あの頃の生き方を あなたは忘れないで
あなたは私の青春そのもの
人ごみに流されて 変わっていく私を
あなたは ときどき 遠くで 叱って
あなたは私の青春そのもの ♪
この曲は1975年の曲 ある意味荒井由実(松任谷由実)さんの曲は 拙者達の
青春と共に流れていたためか 身近に感じる
時代柄お洒落な感覚を持てた
1975年 あなたは生まれちょりましたか? 幼児?小中高校生?専門大学生?
それとも社会人? 拙者は専門学生で四谷のサパークラブでバーテンダーのアルバイト
しながら学校へ通よぅちょりました
genesis-ot.jp