日々のつぶやきです
今から414年前の慶長17年(1612年)4月13日 巌流島の決闘で敗れた
佐々木小次郎
その妻ユキはキリシタンの信者という 当時懐妊中のユキは小次郎の遺髪を抱き
厳しいキリスト教の禁令により多くの信者とともに山陰の地に安全な居所を求めた
ユキはこの地の正法寺に身を寄せ剃髪して尼となり 夫・小次郎の冥福を祈り
菩提を弔うために墓を建て その墓のすぐ下のお堂というか庵で一生を終えたと
いわれている
この庵は正法寺が太用寺に移った跡地に ユキ尼が小さい庵を建てたとも
言われている 我が子に対する因果応報の絆を断ち切るために 小次郎の名を
古志らうと変えて墓に記したとの言い伝えがある 小次郎の墓と並んで
佐々木姓の墓が多くあり 今も佐々木姓を名のる家が地区内に数軒有り
末裔かとも言われている
小次郎の墓の上の段には六面石 一基があり、妻ユキが信じていたバテレン墓と
思われる その隣りには粟屋元吉公の墓があったが 昭和53年に太用寺の
境内に移されている
尚この佐々木小次郎の墓は 山口県
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