浮沈の船として 世界から脚光を浴びながら 1912年4月10日にタイタニック号は
処女航海に出発した しかも予定より1ケ月遅れで 更に出発時間も1時間遅れていたニュー
ニューファウンドランド沖で氷山の警告を2度受けていたが 深刻に受け止めず
原則もせず航海を続行した 14日の11:40 氷山を450m手前で発見 減速しながら
梶を切ったが 船腹をなでるように氷山をかすめた その際衝突に気づかなかった乗客もいた
その後多数区画の損傷により 大量の浸水が始まる 0:14に初めて救難信号を打つ
56海里離れた カルパチア号が受信し救助に向かった 0:44信号灯を打ち上げたが
近くにいたカルフォルニア号は救難信号とは受け取らず 救助にも向かわなかった
そして2:20沈没 救助に向かったカルパチア号は4:10に到着
死者1514~1517人と言われちょります 多くの死者を出した理由は 救命ボート
の数が不足していたことや 近くにいたカルフォルニア号が無線を切っていたことや
信号灯の意味を理解していなかったことがあげられる
この事故を教訓に 数々の安全対策が講じられるようになった 例をあげるなら
USGCでは氷山のデータや情報を航行安全のために提供するようになった また氷山の
警告を深刻に捉えるようになった
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