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フライフィッシャーの独り言

大東亜戦争

今日は終戦記念日である

戦争はどちらの国が正しくどちらの国が間違っている そんなレベルではない 戦争に正義も倫理も無い

戦争は悪であるが おそらく人類にとって必然なのかもしれない どこの国の人々も平和に暮らしたと願う

ことは間違いない 世界は宗教的価値観や軍需産業・独裁国家などを含めた状態にあり複雑に絡み合う

幾ら日本が戦争反対と唱えても 実際侵略されたら戦うしかない 自国の論理だけでは防げない

日本を守るということは 綺麗ごとや理想論では守れない 攻められないだけの国防も必要と拙者は考える

 

大東亜戦争の経緯を書いてみる

第一次世界大戦で空前の好景気を経験した日本だったが 大正9年(1920年)に戦後恐慌に見舞われてから

10年以上不景気が続いたうえ 昭和5年(1930年)には世界恐慌が波及して昭和恐慌が到来した

国民は政党内閣に失望し 軍部に期待するようになる この支持を背景に関東軍が暴走していく 関東軍は満州に

駐留する日本軍である ポーツマス条約でロシアから得た関東州(南満州の一部)と満鉄を守備するために駐留した

陸軍部隊が 大正8年(1919年)に独立して関東軍となった

関東軍は昭和6年(1931年)9月 自分たちで奉天郊外の柳条湖で満鉄線路を爆破し 蔣介石の国民政府の仕業だとして

中国基地への攻撃を開始 いわゆる柳条湖事件 日本列島の3倍近い面積を有する満州を占領しようとした 

こうして始まった満州事変だが 若槻礼次郎内閣は不拡大方針を公表

ところが関東軍はこれを無視して行動を拡大 朝鮮に駐留していた林銑十郎率いる朝鮮軍も勝手に越境して関東軍の支援を

始めたすると軍中央も関東軍の行動を追認 事態を収拾できないと考えた若槻内閣は総辞職

一方不況に苦しむ国民の多くは 関東軍の行動を熱狂的に支持 翌年関東軍は占領下においた奉天・吉林・黒竜江省に

満州国を樹立 国のリーダーには清朝最後の皇帝だった愛新覚羅溥儀が就任するが 完全に関東軍の傀儡国家だった

さらに関東軍は北の興安省と西の熱河省へも進軍 ただ日本陸軍は満州だけでは満足せず 昭和10年(1935年)から

満州に隣接する華北五省を中国から切り離して勢力下におこうとした

陸軍がこれほど広大な地を支配しようとするのは 関東軍参謀・石原莞爾の世界最終戦争論の影響が大きかった

石原は

日本はアメリカと航空機戦を中心とする最終戦争を戦うことになるので、それに耐えうる国力をつける必要がある 

だからまず五カ年計画で経済力をつけてきたソ連が満州を奪う前に日本の植民地にし 持久戦となってもアメリカと

戦える国力を保持すべきだ

と考えたのである

満州事変は経済的な理由も大きかった 世界恐慌から脱するためイギリスやフランスなどは 他国の商品に高関税を

かけたり輸入制限をおこない 自国と植民地とのあいだで保護貿易政策をはじめた このため日本の商品は売れなくなった

こうなってくると 植民地が少ない帝国主義国家は不利 だから新興国のドイツやイタリアは植民地の再分配を求め

軍事力を強化して他国へ侵攻し植民地を増やしていった 同じく日本も本土・台湾・朝鮮・満州と支配地を拡大し

ブロック経済圏(円ブロック)の確立を目指した 

こうして日本のアジア進出に抵抗するため アメリカ・イギリス・オランダ・中国の4か国は経済的にとったんが

いわゆるABCDラインである

ABCD包囲網は 日本の経済状況を悪化させ太平洋戦争へとつながる一因となった

そして80年前の今日 昭和天皇陛下の玉音放送で無条件降伏をした

 

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