日々のつぶやきです
まだまだ暑い日が続いちょりますのぉ・・・・・・・・・・
多くの人は暑い夏には食欲減退し 夏痩せすると言われちょりますが 拙者は季節に関係なく食欲減退は
全くありません ぢゃけどやはり夏はさっぱりした物や麺類を多く食べると思う

さっぱりして食べやすい肉料理 拙者は冷しゃぶを好んで食べちょります しゃぶしゃぶのルーツは
モンゴル料理のシュワンヤンロウにあるとされちょります これは 凍ったラム肉を薄く削ぎ湯に通して食べる料理
シュワンヤンロウは中国に伝わり 鍋料理涮羊肉として発展 その後香港・台湾・韓国を経て日本にも伝わる
日本では意外と新しく 1952年に大阪の永楽町スエヒロ本店の先代店主 三宅忠一氏が従業員がおしぼりを
洗濯する様子からヒントを得て しゃぶしゃぶという名前を付け現在の形にアレンジしたとされている

ぢゃが しゃぶしゃぶは家庭料理としてはあまり普及しておらんかった しかし1980年代に入ると
家庭でもしゃぶしゃぶが楽しめるようにと ゴマだれやぽん酢だれが開発され 店頭に並ぶようになる
するとそもそも料理としてはさほど難しい技術がいらず みんなで楽しむことのできるしゃぶしゃぶは
家庭メニューとしても大人気になった

その進化版が冷しゃぶ 薄手の肉をさっと湯煎し いろいろなタレで食べるちゅ~気安さで便利
我が家では レタスやキュウリ・カイワレ・トマトを敷いた上に 湯煎した肉を乗っけ
主におろしのタレで食べる方法
簡単だし食べやすいけぇ 夏の定番料理でもある
拙者は好みでは無いが 多くのファンが支えギネスにも登録された映画 そうあの有名な
男はつらいよ フーテンの寅さん! 今から56年前の本日封切られた

この映画もともとは フジテレビが制作・放送したテレビドラマ 1968年昭和43年)から
1969年(昭和44年)に放送されたが 実は柴又では撮影が行われていない 当初全く人気がなかったが
徐々に視聴率が上がり 最終回でハブ酒を作ってひと儲けしようとした寅次郎が 奄美大島でハブに咬まれて
毒が回り死ぬちゅ~結末を迎えると視聴者から抗議が殺到 そして映画化になったということ

ストーリーはテキ屋稼業を生業とする フーテンの寅こと車寅次郎が 何かの拍子に故郷の柴又に戻ってきては
何かと大騒動を起こす人情喜劇 毎回旅先で出会ったマドンナに惚れつつも失恋するか身を引くかして成就しない
寅次郎の恋愛模様を日本各地の美しい風景を背景に描く
まぁ今更ゆ~にも及ばんと思う 奇抜なんが今まで 映画としてはテキ屋が主人公ちゅ~ことぢゃのぉ
またひょうひょうとした渥美清の演技も上手い

そして第1回目のマドンナは光本幸子さん 拙者存じちょりませんでした・・・・・・・・・・・・・・・
そして男はつらいよ 寅次郎紅の花は 1995年12月23日に公開された 男はつらいよシリーズの第48作
翌年の8月4日に渥美清さんは 肺がん亡くなられた
ITで読んだ怖い話 ヽ(;゚;Д;゚;; )ギャァァァ
連休で実家の奈良に帰ったときの話なんだけど 元々すっげえ過疎がすごい村出身で中学のときとか
クラスは1つで20人満たないというまあド田舎だったんだよ でも町の人とかそれだとクラスみんな仲良しとか
高校のときや大学のときも言われるんだけど 全然そんなことなく高校でバラバラになって
連絡なんか取らないというか 取れないとかが現実なんだよね だからと言ったら言い訳になるんだけど
クラスメイトの顔なんて覚えてないのよ割と本気で

で ここからが体験した話になるんだけど 実家に帰ると姉ちゃんも帰ってきてたのよ
まあそれで他愛のない世間話と上司の嫌味とか言い合って盛り上がったりしてた
で 昼くらいにおかんが
「買い物行ってくる」

といい家で姉ちゃんと二人きりになったすぐに玄関のチャイムが鳴ったのよ 郵便かと思い玄関にでたら男の人が立っていて
「ひさしぶり」
と声をかけられたんだよ 俺もホントなさけないんだけど誰かわからず
「えーとどちら様で?」
と言うと相手は
「中学のとき一緒だったAだ」
といってきた 俺も薄情な人間でそれでも?状態だったんだけど だんだん思いだしてきたのよ

中学のときAと担任に怒られまくった日々を で 俺もなんか変にテンションが上がってAに
「久しぶりやなあ 中入って話をしよう」
と言いAを家にあげた で 姉ちゃんもなんか笑えるくらいテンション上がって 姉弟そろってAをおいて
盛り上がってた ただなんていうか俺も姉ちゃんも
「なんかAが暗い」
って感じたのよ ただでさえクラスでぎゃーぎゃー騒いでた方だったのに それと俺がいま書いてる文章なみに
しゃべり方がおかしいのよ なんかロボットみたいに一言ずつわけて話しているみたいな感じで
まるで一回使った言葉?単語?を使うなみたいなルールがあるみたいに はっきり言えば気味悪いみたいな
印象は受けた
まあそれでも昔話で盛り上がってたんだけど近況を聞くと黙るんだよねピタッと話が止まる 大学までの話は
楽しそうに話すのに まあ不景気だしあんま言わないほうがとみんな思うかもしれんが 普通それだったら
友人の実家に来たりはせんだろ

嫌でもそういう話になるわけだし それで段々話のネタがねえ!と心で思い出してたとき またチャイムが鳴ったのよ
で また俺が行ったら うちの法事とかに来てくれてる和尚さんが
「やっほー さしぶりやなあ」
と立っていた 旅行で北海道行ってきたからお土産と言って蟹やらお菓子を持ってきたとのことだった
そしたら急に和尚さんが
「臭い」
と言い出したのよ さすがに失礼やでと俺も言ったんだけど 和尚さんの顔がものすごい真面目な顔になってた
俺もびっくりしたくらいに すると和尚さんが
「誰か来てるんか?」
と聞いてきた 普通に中学の同級生が来てると伝えると何も言わずに家に上がりこんで来たのよ 俺も??
となったんだけど 数珠を取り出してて ただ事じゃねえなと思いAがいる部屋まで案内してたら
姉ちゃんが泣きながら俺らのところに走ってきた

「どうした!」
と和尚さんと俺が言うと姉ちゃんは
「Aの顔が回った」
さすがに俺も
「嘘でも面白くないで」
と言ったんだけど姉ちゃんは
「本当やって!」
と泣きくずれてしまった そうこうとやってるうちに部屋について和尚さんがドアを開けた・・・・・・・
今でもというか頭に焼き付いてしまったよ 首をひたすらゆらしてるAがいた もうゆらすってレベルじゃないくらい
本当にありえないスピードで 俺も姉ちゃんも悲鳴をあげてしまった だってある程度首を動かしたら
今度は顔とか首を有り得ない方向に回すんだもん それこそエクソシストみたいに 和尚さんを見ると
普段法事とかで使う念仏?と違う何かをぶつぶつ言っていた そのおかげか知らんがA?は俺らに襲い
掛かってくることはなかった
すこし俺も落ち着いたんだけど そしたら今度は部屋から匂う異臭で気分が悪くなった これもすごくて
魚が腐ってもこんな匂いしねえぞと思ってしまうくらいな匂いだった 俺はA?を凝視してたんだが
なんか口元は動いているのは分かったんだけど何言ってるのかは残念だがわからなかった(というかそんな余裕がなかった)
でもなんか苦しんでる様には見えた 段々和尚さんの念仏?が効いたのか A?が半透明になった

もう驚きすぎて俺らも逆に冷静になってしまったんだが そしたらA?から今度は話してる言葉が分かった
女性に対する(名前はさすがに書けんがたぶん女の名前だと思う)これでもかというくらいの恨み節だった
そしてそれは聞いたこともないような叫び声に変わった 和尚さんが
「耳ふさげ!」
と怒鳴ってきたのであわてて耳をふさいだが もう意味がないくらいの絶叫だった 絶叫で本当に耳が痛くて
思わず伏せてしまったんだが 和尚さんに
「もう大丈夫や」
と言われ顔を上げるともうA?はそこにはいなかった でも異臭はこれでもかというくらいに残っていたので
あれが幻覚とかではないというのも嫌でも分かったけどね 姉ちゃんは和尚さんに
「あれは何ですか?」
と尋ねると和尚さんは
「A君やったなあれの名前 まあAにしとこか」
といいゆっくり話し始めた 和尚さん曰く
「Aは自殺したんだろう それも首吊りで それで死ぬ直前の形で俺くんらの前に出てきたんだろう」
と でもそうしたらさクラス全員に出るのかと俺も真顔で和尚さんにいったら
「自殺するとき本当は自殺したくない 止めてほしいという気持ちがAにはあったんだろうな
その止めてほしい人に俺君がいたんだろうな」
と和尚さんは言った そうこう話しているうちにおかんも帰ってきて結局和尚さんも話をあっさりきりあげて
それで帰ってしまった

帰る間際に今日のことは気にするなとAのことはもう忘れろとのことだった おかんには止められたが
結局その日だけ実家に泊まり次の日にはもう実家をでた 姉ちゃんにいたってはその日のうちにだった
これが俺がこの連休中に体験したことです 結局Aのことは調べるのはやめました
なんかまた来るんじゃないかと思って でもあの首の振り方だけは少しではなくかなりトラウマになりました
こういう現象? 詳しい人はなんでもいいから教えてほしいです
本日は定休日 そして拙者の2025年渓流シーズンの終了であった・・・・・・・・・・・・・・・・
ところが・・・・・・・・・・ この土曜からスマホが最悪の状態になる
そして携帯販売店に事情を説明し 昨日の夕方にお客さんに無理行って営業終了し 店に行った

状況としては充電が一切出来ない状態 ぢやけぇ無駄な使用はやめて ひたすら温存した状態で店に行く
そんでもって充電器も一緒に持っていき 確認をしてもらった

携帯販売店で調べたら充電の差し込みの不良 修理に1~2週間かかるとのこと
そしたら機種変更されてから 暫く経つので新しいスマホにやり変えた方がよいと勧められた
そして んならそうしますといってやり変えた

なんやかんやあって 本日は渓流へ行けんかった・・・・・・・・・・・・・ ぢゃがこのままで終わりたくない
まして自分でやつちょりますけぇ 休めば行ける !!!!!!!!!!
てな訳で今週の都合のいい時に 今シーズン最後の渓へ行きます

若山牧水ちゅ~歌人をご存じか!?
牧水は旅と自然を愛し 豊かな情感と寂寥感とを歌い上げた歌風で知られている

若山牧水は北原白秋・土岐善麿と親交があり 旅にあって各所で歌を詠み日本各地に歌碑がある
本名は若山繁(しげる)であるが18歳のとき号を牧水とした その名前の由来は当時最も愛していたものの
名二つをつなぎ合わせたものである 牧はまき 即ち母の名である 水はこの(生家の周りにある)渓や雨やから
来たものであった

大の酒好きで 一日一升程度の酒を呑んでいたといい 死の大きな要因となったのは肝硬変 夏の暑い盛りに
死亡したのにもかかわらず 死後しばらく経っても死体から腐臭がしなかったため
生きたままアルコール漬けになったのではと・・・・・・!? 医師を驚嘆させたとの逸話がある

つまり酒好きが講じて 1885年(明治18年)8月24日 ~ 1928年(昭和3年)9月17日ちゅ~
身近な人生であった 無類の酒好きは拙者の亡くな親父と同じ 拙者の親父も若かりし頃二升酒を飲んでおった
反面教師で拙者は一切酒をたしなまない
最後に牧水の歌を・・・・・・・・・・・・・・・・・・・