日々のつぶやきです
何かね見てくれはゲロみたいでマズそうなのに 物凄い良い匂いがして食べない気になれない
無理 食材がいろいろ入ってるんだけど 匂いだけで何が入ってるか分かる 卵とか肉とか
魚とか 野菜とかとにかく入れるもの全部入れましたよーって感じなのに 全てが調和されてる
全部の食材の味が恐ろしいくらい引き立ってるのに 一つの味として成立してるみたいな
上手く説明出来ないんだけど とにかく美味かったの 素人舌でも あれは簡単に作れるも
のじゃないって分かる程ね 他にも華の香りのする酒とか 蜜柑と魚の和え物も
もらったんだけど全部美味くて でも何か切なくなる味で いつの間にか涙が出てた
そしたらガキが
「どうした?」
って尋ねて来て その拍子に今まで家族にも言えなかった事を 泣きながら全部話してた
シクシク泣きながら 高校中退したとか いじめられてたとか言ってたら じいさんが優しく
背中撫でながら相槌返して さらに号泣
「もう死んでも良い」
なんて愚痴ったら
「今死んだら極楽に行けないぞ!まだ若いしやり直し効くって!」
みたいなオッサン臭い説教を受けた ちょっと立ち直って来た所で おじいさんが麻袋を
藁テントから出して来た
「もうあなたは行きなさい ここに居たらいけない……これをどうぞ」
お土産のつもりだったのかそれをもらって 子供に案内されて山道まで来たら いつの間にか
子供も消えてた それから麻袋の中身を確かめたら中身は石鹸 梅みたいな香りで嗅ぐだけで
お腹空きそうな感じ 石鹸使おうかなとか考えながらも 山歩きで疲れたからその夜は早々に
寝てしまったんだ 突然深夜物凄い激痛に襲われて
「アイツらの飯が当たったかクソー!」
みたいな気持ちでブリブリしてたんだが止まらない とにかく中々ウンコが止まらなくて
治まった頃はもう朝だった 2時間くらい経ってた気がする しかもその後 酷い虫歯になったり
2、3日熱で寝込んだり 原因不明の骨折とかが1カ月くらい続いた さすがにあの二人を
疑ったんだが 骨折が治ってしばらくしてから 突然酷い眠気とだるさに襲われて
丸2日くらい殆ど眠りっぱなしの状態に陥ってから それ以来突然身体が軽くなって快活な
気分になった
続く
20歳ちょっとだったか まだ実家でぷーたろーやってた時 ウチは物凄い田舎で 家のすぐ
傍が森とか山みたいな所だったのよ そんで何もやる事ないし 家にいたら親がグチグチ
うるせぇから そういう場所をうろついてた その時期何かもう何もやる気なくて
どーでもいーやーって感じで 山道登りながら自分の事を考えてたら いつの間にかいつも
歩いてる山道から逸れて 道無き森を彷徨ってた 今のオレなら絶対取り乱してたけど
その時は別に死んでもいいやって気分
しばらくふらふらしてると何か細い道っぽい所に出て 藁のテントみたいなのと焚火
そこで着物姿の人間もどき 子供とじいさんが二人居た 何でもどきかって言うと常に
笑顔なのよ しかも最初から髪なんか無かったかの様なつるっぱげ 挨拶しても近づいても
とにかく微動だにしないにたーっとした笑みが張り付いてる しかも二人とも同じ顔
子供の方は凄まじくお肌つるつるだけど 顔立ちはしわしわのじいさんと全く瓜二つ
血縁と言うより 年齢差のあるクローンって感じ 二人とも昔にタイムスリップした様な
雰囲気で
「あ この二人は人間じゃねーな???」
って何となく感じた 声かけようか戸惑ってた所で じいさんの方が
「迷いましたか」
って声をかけて来て トントン拍子に二人の家?で休んでいく事になった じいさんは
話してても
「そうですか」
「ゆっくり休んでください」
みたいな事しか言わない無口なんだけど子供の方はやたら口が達者だった
「何処から来た?」
「一緒にコマやろうや!」
みたいな事から 何故か
「お兄ちゃんプレステ買って」
みたいな事も まぁ普通のガキか でもやたらプレステに執着してた以外に コマとか花札とか
ゲーム関係全般詳しくて 面白い話をいろいろ聞かされたし遊びも付き合った
そんな風に過ごしてたら じいさんが
「どうぞ」
って お鍋で作ってた雑炊の様なものを差し出して来た
続く
乃木希典(のぎまれすけ)大将と言えば 日露戦争でロシア旅順要塞攻略戦を指揮
1904年(明治37年)に始まり ロシア軍が築いた近代的な大要塞への
正面攻撃により 多大な犠牲者を出した 苦戦の末旅順港内を一望できる二〇三高地の
総攻撃へ戦法を切り替え 激戦の末に占領に成功 ただし多くの死傷者を出した
ことから 愚将との批判を受ける一方 戦訓に学び柔軟に対処した名将とする研究や
評価もある また私財を投じて兵士や遺族を労わる姿から 聖将とも称された
そして大正元年(1912年)9月13日 明治天皇の大喪の礼が執り行われる
その時に 主君のあとを追う殉死として妻の静子とともに自刃した
日露戦争の旅順攻囲戦では多くの部下の犠牲を出したことへの深い自責の念があり
以前から死をもって償うことを考えていたとされる これらが重なり明治天皇の
死を契機として 武士の作法に則った切腹を実行し他と考えられる
東京都港区赤坂の乃木夫婦が自刃した邸宅の隣地に 乃木夫婦を祀った
乃木神社が建立された この他 栃木県・京都府・山口県・北海道など
日本の各地に乃木神社が建立された また港区の乃木坂の地名に名を残しており
乃木神社前に名前の由来を記した石碑が建てられている
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