日々のつぶやきです
Sの話を一通り聞いて俺は
「今はもう平気か」
と尋ねた すると
「今はちょうど夏休みもらってるから 変なことはないけどな」
そう言い終わるとSは
「なんで彼女がみえたのかな?」
逆に聞かれた Sは自分が女性をおろした場所がどういう場所かしらないらしい 俺は
「お前なんも知らんのか お前が女の人おろした場所の横は青木ヶ原なんだぞ」
Sはキョトンとして
「なんだそれ」
と言ってきた
「自殺の名所だよ」
それを聞いてSはやっと理解したらしい
「お前住職の行動とかで理解しなかったんかい」
Sは自殺とかは一切考えなかったらしい 何か事故にでもあったのかもしれない位は
考えたらしいが・・ それからSは自分はその場所に行って線香でもあげなきゃいけないと
いいだした 俺は冷たくやめとけといったが聞いちゃくれない
「行くなら1人でいけよ 俺は行かねーよ」
そう言うとSは俺のことを薄情者よばわりしはじめた
あまりのしつこさに 俺も諦めて一緒に行くことにした
「なにが嬉しくてこんな夜に それもお盆に自殺の名所に行かなきゃなんねーんだ」
そう吐き捨てながら Sが女性をおろした場所に向かった 思ったよりも高速は混んでなく
夜中の1時前にはその場所に着き 近くの樹海の入り口で線香をあげるように 俺はSに
促した その女性が本当に自殺したのかどうかは俺にはわからん でも何となくそうなんだろう
線香をあげながらSは動こうとしなかった あまりこんな所には長くいたくはない そう思い
強引にSを捕まえ車に押し込み樹海を後にした
Sは落ち込んでいた 俺はSに声をかけた
「その女の人綺麗だったの?」
するとSは真顔で
「すげーいい顔してたよ もろ好みだった」
そう聞いて俺は少しでも元気が出ればいいけど そんな事を考えながら車を走らせた
雑談をしながら走っているとSがいきなり大声をだした 俺を見ながら
「もっとスピードを上げてくれ」
俺はいきなり何だよと怒鳴り返した Sは後ろを指さしながら
「彼女が付いてきてる」
場所が場所だけに洒落にならん そう思い出来るだけスピードを上げ
なんとか高速に乗っかった 家に付くまで俺は出来るだけ後ろを見ることはしなかった
余談
Sが彼女に名刺を渡しながら是非お願いしますと言った後彼女は
「必ず呼びますね 呼んだら絶対に来てくださいね」
そう言って降りていったそうだ
修了です
祝解禁 !!!!!!!
山口県・島根県・広島県 今日から解禁です
最近は割と暖かな日が続いちょります 心配なのは少雨の為渓が渇水してないか?
このことです 皆さんにとって良いシーズンでありますように・・・・・・
イランVSイスラエル?アメリカ
ついに始まりました戦闘 早期に終わることを願います
更にパキスタンがアフガニスタンに対し空爆を開始しました こちらも早期解決を
臨みます
genesis-ot.jp
繁華街で客を拾える事はそれからほとんどなくなり そのかわりに1週間に3度から4度
長距離の客をつかまえられるようになった でもおかしな事に その全ての客の行き先は
大月方面だった やっぱり何かおかしい そんな事を考えている時にある1人の客を乗せた
客を乗せて目的地に着くとその客はSに聞いてきた
「運転手さん 隣に誰か乗せてるの気づいてる?」
そう言われてSは
「やっぱり誰かいるんですか」
逆に聞いてみた すると客は
「降りて話しましょう」
Sもそれに従い車外で話を聞き始めた その客は自分が住職であることを告げ
「これは私の助言として聞いてください 今すぐにこの仕事を辞めなさい でないと
あなたの身に災いが降りかかるおそれがあります」
そう言って 少しここで待っていてくださいと言い 家からお札を持ってきて 助手席にそえて
お払いのようなことをしてくれた
Sは住職の助言にしたがい 会社を辞めたそうだ そしてすぐにトラックの仕事を始めた
それからは妙な事はなかったのだが ある日南小谷までの配送を頼まれて夜中に
中央高速を走っていた そして大月ジャンクションにさしかかった時に Sのトラックの
横をタクシーが抜いていこうとした そのタクシーを見ると助手席にSが乗せた女性がいた
その女性はじっとSを見ていたそうだ
Sは自分自身に(気のせいなんだ、気のせいなんだ)と言い聞かせ 高速を降りて国道で
南小谷まで向かった その帰りもSは高速を使った 帰りは逆だから大丈夫だろうと思い
走ったが やはり同じ場所で同じ事が起こったのだそうだ
制限規制の為続きます
genesis-ot.jp
8月14日 その日からやっと俺は夏休みがもらえた 休みになる前の3日間は久々に
仕事に追われ ほとんど徹夜でCADとにらめっこし仕事をなんとか片づけた
俺はその日爆睡していた 夕方電話の音で目が覚めた 電話の主は沖縄にいたときの友人Sだった
Sとは中学の時に 家のお払いのために親戚のユタのおばさんを紹介して以来 家族ぐるみの
付き合いをしていた それでもSと話すのは約6年ぶりだろうか
Sは沖縄で仕事がないため 年のはじめから東京で働いているらしい 一通りの雑談をした後Sは
「東京で相談できるのはお前しか思いつかないから話を聞いてくれないかな」
そう言われて俺は
「じゃ今から晩飯がてら待ち合わせるか」
そう言ってSの住む場所を聞くと 俺の住む場所からわりと近いところに住んでいた
俺は分かりやすい場所を指定して待ち合わせることにした 店に着いた頃には7時を過ぎており
店も混み始めていた Sは俺よりも先に着いていた 今現在Sはトラックの運転手をしており
その前はタクシーの運転手をしていたそうだ飯を食い終わり俺はSに相談内容を聞いてみた
「相談てなんだよ?」
Sに聞くと神妙な顔をしながら話し始めた
話は3月にさかのぼる 夜の11時頃に女性客を乗せて行き先を聞くと 北富士のゴルフ場に
行ってほしいと言われ 場所がよくわからないから 時間がかかってしまうかもしれないけど
良いですか?そう聞くと女性は
「それでも構わないのでお願いします」
11時過ぎにこんな長距離を拾うなんてSは喜んだ F駅から出発してすぐにSは高速を使うか
尋ねた 女性のOKをもらいタクシーを高速に向けて走り出し 高速に乗ると女性はSに
次のSAで飲み物を買いたいので寄ってもらいたいと言ってきた 客の指示どおり石川SAで
一旦タクシーを止めて 女性が戻るまでの間Sは地図を広げてゴルフ場の場所を探した
だが探す前に女性は戻ってきた 後部座席を開けると女性は
「前に座らせてもらえませんか何もしませんから」
笑いながらそう言われてSは 女性が綺麗だった事もありわくわくしながら前の席に乗せたそうだ
隣に乗ってきた女性はSにコーヒーを差し出してくれた それに気を良くしたSは
目的地に着くまでの間ずーっと喋り続けたそうだ 河口湖ICを降りて139号線に入って
Sは目的地を確認したいので地図を見てもいいかと尋ねると女性は
「場所は大体わかるからいいですよ」
そう言われてSは
「それじゃ近くなったら教えてください」
そう言ってまた雑談を始めた しばらく走っていると 辺りに何もない事に気づいたSは
心配になり女性に尋ねた
「こんな時間にゴルフ場にいかれるんですか?」
すると女性は
「本当は最終の電車で着く予定でいたんですが乗り遅れてしまって」
それを聞いてSも安心して
「泊まりで朝からラウンドの予定だったんですか」
そう言って笑ってすませた そして精進湖にさしかかった時女性が
「あっ この辺でいいですよ」
「でもこの辺何もないじゃないですか」
そう聞くと
「湖の横に泊まる場所があるんで大丈夫ですよ」
そこまで言われるとSも何も言えずタクシーを止めた Sは女性が降りる前に 自分の名刺を渡し
「また利用する事があったら是非お願いしますね」
そう言って女性と別れた
それから1ヶ月が経過した頃からSの周りで奇妙な事が起こり始めた 夜中繁華街を流していても
誰も手をあげてくれないのだそうだ そしてSの後方から来るタクシーに乗ってしまう
あまりにもそんなことが続いたある日Sは一人の酔っぱらいの客を乗せた かなり酔っていた
その客はSにむかって怒鳴り始めた
「あんたも仕事だろ だったら隣に彼女なんか乗せて仕事しちゃいかんだろ」
怒鳴られたSは
「そんなことはしませんよ」
そう客に言い返すと客は
「じゃー研修か何かなんだな そいつはすまん」
そう言いながら笑っていた しばらく走りその客を降ろした後 Sはもしかしたら自分に
見えない何かが乗っているのだろうか そんな事を考えながらも仕事を続けた
つづく・・・・・・・・・
genesis-ot.jp
2・26事件に出てくる青年将校の中に気になる人物が安藤輝三大尉 英語教員であった
父の三男として岐阜に生まれた安藤 早くから革新的青年将校の指導的存在であったという
日蓮宗を信仰しており 彼の容貌は軍人らしくなく柔和 軍服姿の写真が残るが軍服姿は
あまり似合っていない
部下を愛する気持ちが人一倍強く 給料のほとんどを部下に割き 地方の窮状を話す
農村出身の部下には 自分の給料から部下の家族に送金したという 情に厚く部下の
寄せる信頼は大きかった 安藤は他の青年将校と異なり 蹶起に慎重で決行直前まで
悩み抜くが 結局同僚・部下の志を受け止める形で蹶起を決意
第三歩兵連隊に属した安藤が500名の大部隊を連れて向かうは 海軍大将上がりの
鈴木貫太郎侍従長宅 下士官が侍従長宅を捜索すると激しい叱責の声が飛ぶ
「あなたは何です 土足のまま無断で入るなどそれでも帝国軍人ですか!」
声の主は鈴木の妻たか 度肝を抜かれた軍曹は怯み 敬礼し部屋を去ったという
たか夫人の胆力たるやただ者ではない 鈴木自身は自宅内に身を隠していたが再考し
身を隠すことを良しとせず 襲撃者たちの前に自ら姿をさらす それを下士官が見つけ
発砲 倒れる鈴木 駆け付ける安藤 安藤が夫人に襲撃目的を告げると たか夫人は
虫の息となった夫の脇で正座し微動だにせず聞いたという
鈴木の回顧録では下士官が銃口を喉に当て とどめを刺すか安藤に判断を仰いだところ
「とどめは止めておけ」
と言ったという 他方下士官の証言録では 鈴木に命脈があったため安藤が
「とどめを・・・」
と軍刀を抜いたところ 夫人が
「それだけは私に任せて欲しい」
と訴え安藤は夫人に任せたとされる
いずれにせよ安藤はとどめを刺すことを止めた 安藤はここまでに至ったことを
夫人に詫び 鈴木に対し挙手の礼をし また下士官に捧げ銃を命じ素早く立ち去る
たか夫人は鈴木を抱き起し 手際よい措置で鈴木の一命を取り留めた
とどめを刺すことを止めた安藤 情が動いたのかもしれない 実は蹶起2年前
安藤は侍従長宅を訪ねている 予想と違い西郷隆盛にも似た懐の深い大人物の
鈴木に惚れ座右の銘を書いてもらっていたという また鈴木も後日談でこの時の安藤を
「思想的には実に純真な(死なせるには)惜しい若者」
と評している その後安藤輝三大尉は軍法会議で死刑となり
7月12日銃殺された
また安藤はたか夫人について その存在を当時軍の上司であった秩父宮から聞いていた
たか夫人はかつて昭和天皇・秩父宮ら皇子たちの養育係を務めていたのだ
こうして一命をとりとめた鈴木侍従長は 昭和天皇から厚い信頼を得ていたため
天皇直々に請われる形で1945年4月に首相となり 陸軍の反対を押さえて
ポツダム宣言受諾をはじめ 終戦の段取りを仕切るという大仕事をなした
鈴木が首相になって1週間も経たないうちに米ルーズベルト大統領が病没した
ドイツでは万歳を叫び ヒットラーはルーズベルトを
「戦争を拡大した扇動者として歴史に名を刻む者」
と評した 他方鈴木はどうしたか? 米国民に対し哀悼の意を表明したのだ
大戦真っただ中での敵国指導者逝去への弔意表明 米国では驚きをもって受け止められ
新聞には鈴木の談話全文が掲載 欧州紙からも称賛された
genesis-ot.jp
元禄時代になると 初物ブームが起こり初物を食べると75日長生きするといわれ
江戸っ子は初物に高いお金を払い 競って食べるようになった 農家たちも初物のための
早出し栽培を競って行うようになる 初物ブームはどんどんエスカレート そこで幕府は
食物の出荷日を取締まることにした 五代将軍・綱吉は、元禄年間(1688〜1704)に
野菜の早つみ取り禁止日という布告を出した
しょうが三月 たけのこ四月 なす五月 しろうり六月(いずれも旧暦)」と定め
それより早く出すことを禁じた その禁止令から漏れたのがきゅうり 幕府は
人気のない野菜だから外そうと思った 禁止令から漏れたおかげで きゅうりは
庶民の脚光を浴びることになる きゅうりは早く育ち 次々収穫できるので沢山採れる
人気が無いから値段も手ごろ 布告の対象外だから初物としても食べられる
きゅうりに目を付けた人々は 苦いとされていたきゅうりに塩や酢を使って 美味しく
食べる工夫をしたらしい
でもきゅうりのぬか漬けは 米の量よりおかずの少なかった江戸の庶民にとって
きゅうりの糠漬けは欠かせない野菜料理となった